この記事では、プロスペクト理論における「決定の重みづけ」と、ビジネスにおける活用法について解説します。決定の重みづけの特徴を理解し、「可能性の効果」と「確実性の効果」を上手く利用することで、ビジネスチャンスを広げましょう。
決定の重みづけとプロスペクト理論
プロスペクト理論とは、ノーベル経済学賞受賞者で行動経済学者のダニエル・カーネマンらが提唱した、行動経済学の代表的な学説です。プロスペクト(prospect)とは英語で「予測」や「期待」という意味で、予測される利害や確率などによってどのように意思決定を行うのかをモデル化したものです。
意思決定の際、人は必ずしも合理的に行っておらず、感情や感覚などによる歪みを伴います。プロスペクト理論において、人は「潜在的に損失そのものを回避する傾向がある」とされ、「潜入回避の法則」とも呼ばれています。プロスペクト理論は2つの関数「価値関数」と「確率加重関数」から成り立っており、「価値関数」は価値の感じ方の歪みを、「確率加重関数」は確率の感じ方の歪みをそれぞれ表しています。
「決定の重みづけ(Decision Weight)」とはプロスペクト理論における「意思決定者が計算する確率は、主観に基づいた重みづけがされている」という仮説です。人が感覚で行いがちな「低い確率は過大評価し、高い確率を過小評価する」という認知の歪みは、「決定の重みづけ」によるものとされています。つまり、確率に対する評価は、客観的な数字どおりの確率ではなく主観的な評価なのです。このことを「決定加重」と呼びます。
決定の重みづけの特徴
カーネマンらが考える重みづけの全体的傾向によると「低い確率が過大評価され、高い確率は過小評価されている」ことが分かり、このことは「決定の重みづけ」の大きな特徴と言えるでしょう。
例えば、分かりやすいのが宝くじです。宝くじ1等の当選確率(※)は0.000005%、2000万分の1と言われていますが、多くの人が「もしかしたら当たるのでは?」と期待をして購入するのです(※2020年の「年末ジャンボ宝くじ」1等7億円の場合)。ものごとが起こる確率を正確に認識し合理的に意思決定しておらず、低い確率を過大評価し、過度な期待を寄せた結果と考えられます。
反対に当選確率80%と言われる選挙でも候補者が不安を感じるのは、高い確率を過小評価している可能性が高いと言えます。これらのことから、人は主観的に確率を認識していることが分かります。つまり、決定加重により客観的な確率と主観的な確率には大きな差があるのです。
カーネマンらの調査によると、決定加重から分かることがいくつかあります。
・本来の確率と人間の主観的な確率が一致するのは0%と100%のみ
・100% → 99%への確率ダウンは主観的な確率では100% → 91.2%までダウン
・0%→1%への確率アップは主観的な確率では0%→5.5%にアップ
上記から、人は100%→99%への1%のダウンを8.8%のダウンと感じ、客観的な確率と主観的な確率に差があることが分かります。裏を返せば、99%の「ほぼ確実な状態」が100%の「確実」となることに、大きな魅力を感じるでしょう。この現象を「確実性効果」と呼びます。
一方、0%から1%上がるだけで主観的には5.5%アップと感じ、魅力が大幅に上がるのです。これを「可能性効果」と呼びます。99%と100%の差や0%と1%の差は、心理的には1%よりもずっと大きく感じているのです。確率の感じ方の歪みを表す「確率加重関数」のグラフでは、およそ35%を境に「低い確率を高く見積もり、高い確率を低く見積もる」傾向が分かります。
利益・損失どちらも重みづけされている
価値の感じ方を表す「価値関数」によると、人は利益が出る局面と損失が出る局面で「決定の重みづけ」に差があることが分かっています。『行動経済学入門』(東洋経済新報社/著者・筒井義郎氏ほか)によると、損失がもたらす影響は利得のおよそ2.25倍と言われ、同じ金額であれば利得の喜びより損失の苦痛をより大きく感じるようです。このことは、損失回避性という損をすることに対し過剰に恐怖心を抱く心理が大きく影響しています。
投資で例えると、損をする確率が高いときには低く見積もらず、得をする確率が低いときには高く見積もらない傾向があるということです。
・決定の重みづけが、人の意思決定を左右している
価値の感じ方を表す「価値関数」や確率の感じ方を表す「確率加重関数」から分かるように、人が意思決定をするときには「決定の重みづけ」による歪みが起こっています。発生確率が低いとされる選択をする場合、客観的な確率と主観的な確率に差が生じていることが考えられます。例えば、先に挙げた極めて低い当選確率の宝くじを、主観的な確率では高く感じ、購入という選択をするのです。この「決定の重みづけ」こそが、人の意思決定を大きく左右すると言えるでしょう。
決定の重みづけが活用できるビジネスの具体例
意思決定の際の「決定の重みづけ」により、客観的な確率と主観的な確率には差があることが分かりました。その差による「確実性効果」と「可能性効果」は、ビジネスの場において効果的に活用することができます。具体的な業種と活用例をご紹介しましょう。
保険業界
事故に遭う確率は限りなく低いのに、多くの人が保険に加入していることには、「確実性効果」が関係しています。「99%事故は起こらない」と言われても、100%でない限りは残りの1%を過大に感じて安心できないのです。その理由はカーネマンの調査結果のとおり、人は99%のときに実際には91.2%と感じているからです。保険は、実際に事故に遭う確率と、人の主観的な確率の差を埋めるビジネスと言えます。
例えば、少ない掛け金で旅行中のリスクを補償する海外旅行保険は、実際に事故に遭った人は少なくても多くの人が旅行の度に加入しています。また、商品に満足できない場合の「○○日間返金保証」は、万が一のことがあれば返金してもらえるという、わずかな不安まで潰す有効な手法です。
抽選販売
「可能性効果」を活用した手法として、抽選販売があります。レアな商品はネットなどで抽選販売されることがありますが、購入権を獲得できる確率はかなり低いことが多いです。しかし、可能性が0%でない以上「もしかしたら、当たるかも」という心理がはたらき、購入希望者は抽選に参加します。
例えば、レアなスニーカーの正規販売権を持つショップが、抽選参加の条件として会員登録やインスタグラムのフォローを設定しているケースがあります。実際のスニーカー販売数よりも多くの会員数やフォロワー数を獲得している背景には、このような戦略が隠されているケースもあるのです。
フェイク品が流通する恐れがある市場
「確実性効果」を活用した例として、フェイク品の流通が懸念される市場があります。例えばブランド品、アート、骨とう品などは、購入の際に「フェイク品かもしれない」というリスクが伴います。99%大丈夫と思っていても、残り1%の「もしかしたら」という不安は拭えないでしょう。その不安を払拭するためのひとつの手法が、鑑定士が100%本物と認定した商品しか販売しないというビジネスです。
フェイクが流通しやすい市場で、確実に本物を購入できることを保証し、フェイク品を購入してしまうリスクを回避しています。鑑定料が上乗せされるため、フリマサイトやオークションサイトより割高になりますが、リスクヘッジ分と考えれば納得して支払う人も多いのでしょう。
まとめ
「決定の重みづけ」は、さまざまなビジネスの場で活用できます。まずは今のビジネスにおいて有効なのは「確実性効果」なのか、「可能性効果」なのか、検討してみてはいかがでしょうか。また、心理学の知識やノウハウを知るだけでは、結果を生みだすことはできません。活用することで初めて、その知識やノウハウが活かせるのです。実際にどのような手法が有効か考え、自分自身の才能を活かしたビジネスにつなげてみてください。