朝起きるのがつらい。職場に着いてもモチベーションが上がらない。
以前は上司に言われる前に動けたのに、今では言われたことだけを淡々とこなす日々。
そんなふうに感じているあなたは、今まさに「静かな退職(Quiet Quitting)」の入り口に立っているかもしれません。
この記事では、才能開発と心理学を専門とする執筆者が「静かな退職」をキャリア構築の転機に変える方法を伝えます。
静かな退職とは?
「静かな退職(Quiet Quitting)」とは、会社を辞めるわけではなく、心理的に職場との距離を置き、最低限の仕事だけをこなし、それ以上の努力や貢献をしない働き方を指します。
アメリカ発祥のこの考え方は、SNSを通じてZ世代やミレニアル世代の間で一気に広まりました。
特に、過剰な働き方や成果主義に疲れた若手社員の間で、「仕事が人生のすべてではない」という価値観のもと、「ほどほどに働く」「会社に期待しすぎない」マインドが共感を集めています。
静かな退職を選ぶ背景とは?
なぜ今、静かな退職が広がっているのでしょうか。背景にはいくつかの要因があります。
1. コロナ禍による価値観の変化
コロナの影響で、これまで当たり前だった出社や通勤が在宅ワークへと変わりました。その結果、会社中心の考え方から、個人の生活を重視する考え方へと変化しました。
たとえば、会社に出社しているときは「職場の人間関係」を中心に考えますが、出社しなくなると、自分の生活を中心に考えるようになります。職場の同僚と飲みに行く機会が減り、その代わりにプライベートの仲間と過ごす時間が増えていきます。
このように、生活の中心が仕事から個人の暮らしへと移ることで、「仕事が人生のすべてではない」という価値観がより強くなったのです。
家族との時間、自分の健康、学び直しや副業・・・。
働くことだけが人生の軸ではないと実感した人は、会社に依存しすぎない選択を模索し始めています。
2. 成果主義・株主資本主義と「報われなさ」のギャップ
ここ数十年の間に、日本企業にも「株主資本主義」の考え方が広がってきました。これは、企業活動の最優先事項を「株主への利益還元」とする考え方であり、経営の効率化や利益の最大化が強く求められるようになっています。
この流れの中で、企業の経営層や株主は業績に応じて収入や資産を大きく伸ばしてきました。しかしその一方で、労働者に還元されるべき報酬、つまり「労働分配率」は下がり続けています。
具体的には、1990年代後半には約70%でしたが、2000年代以降は大きく下がり、2023年には60%前後と歴史的な低水準を記録しています。その結果、現場で働く社員の給料やボーナスは思うように増えず、むしろ実質的には減少している場合もあります。
そうなると、「成果を出しても報われない」という感覚が広がっていきます。たとえば、どれだけ頑張って売上を上げても、昇給やボーナスに反映されなければ、「やっても意味がない」と感じてしまうのも無理はありません。
このような状態が続くと、人は徐々にやる気を失い、努力すること自体をあきらめるようになります。これは心理学の分野では「学習性無力感(Learned Helplessness)」と呼ばれる現象で、どんなに努力しても結果が変わらない経験を繰り返すことで、自発的な行動をやめてしまうという心理的な反応です。
これも「仕事が人生のすべてではない」という価値観が広がっている原因の1つです。
3. 会社に“貢献する意味”を見出せない
「仕事にやりがいを感じられない」
「頑張る理由がわからない」
「北端さんは、クライアントの喜ぶ顔が直接見られていいですね」
「正直、羨ましいです」
こうした声を、私は20年ほど前からクライアントの方々から頻繁に聞くようになりました。特に大企業で働く人たちや、間接部門や製造ラインに従事する社員から、同じような言葉が繰り返されます。
成果主義や株主資本主義の影響が強くなりすぎると、「いかに売上や利益に貢献したか」が評価の中心になりがちです。確かに、合理性や効率性を重視する上では重要な考え方ですが、この視点が強くなりすぎると、現場で働く人たちにとっては、自分の仕事の意味や目的が見えにくくなってしまうのです。
たとえば、日々数字目標の達成だけを求められる営業職や、定型業務に追われる管理部門の社員は、「自分の仕事が誰の役に立っているのか」「社会にどう貢献しているのか」といった感覚を持ちにくくなります。こうなると、働く意義を見失い、「やっても意味がない」「頑張るだけ損だ」と感じてしまうもの。「仕事が人生のすべてではない」という価値観を持つ人が増えるのも無理はないでしょう。
静かな退職状態にあるサイン
では、あなたは今、「静かな退職」状態にあるでしょうか? 以下のような兆候が見られるなら、YESといえます。
- 定時になるとすぐにPCを閉じ、仕事のことを一切考えたくない
- 職場の人間関係に興味が持てず、会話も最小限
- 昇進・昇給へのモチベーションがなくなっている
- 休日や休憩時間に「転職」「フリーランス」などを検索している
- 「なんとなく今の仕事を続けている」と感じている
静かな退職に陥ったサラリーマンのリアル
営業職Aさんは、入社3年目で心が折れかけていました。
ノルマのプレッシャー、やりがいのなさ、上司からの一方的な指示……。
「もう頑張らなくていいや」
そう思ってからは、言われたことだけをこなし、昇進試験も断りました。
そんなある日、久しぶりに昔の仲間と飲みに行くことに。
そこでAさんは、かつての仲間たちがイキイキと仕事の話をしている姿に驚きました。
メーカーに勤めるBくんは「自分の携わった商品がコンビニに並んだ瞬間、泣きそうになった」と話し、NPOに就職したCさんは「社会課題に向き合う日々が楽しくて仕方ない」と目を輝かせていました。
「同じ社会人3年目でも、こんなにも違うのか……」
そう思ったAさんは、帰りの電車の中でしばらく窓の外を見つめながら考え込んだといいます。
「このままでは自分の人生がもったいない」と感じたAさんは、まず、社内で異動願いを出しました。自分の価値観に近い部署で、少しずつ仕事に向き合い直す日々が始まったのです。
最終的に「やりがいを感じられる会社に行こう」と決め、“静かに辞める”のではなく“納得して選び直す”という道を選びました。
静かな退職の先にある、3つの選択肢
私はこれまで、多くの「静かな退職」状態にあるクライアントを見てきました。
彼らは目の前の仕事に疲れ、やりがいを感じられず、働く意欲を失っています。中には「会社を辞めたい」と漏らす人もいます。
けれども、決して「すべてを諦めたい」と思っているわけではありません。
彼らがこのような状態に陥る背景には、「報われない」「貢献する意味が見えない」「喜んでくれる人の存在を感じられない」といった、深いレベルでの虚無感があります。これこそが、「静かな退職」の本質的な原因だと私は考えています。
つまり、心の奥には、「人の役に立ちたい」「誰かに喜んでもらいたい」「もっと貢献できる働き方を見つけたい」という思いが確かに存在しているのです。ただ、その思いをどう実現すればよいのかがわからない。だからこそ、一時的に「静かな退職」という状態に身を置いて、自分を守っているのだと思います。
そんなときこそ、心を完全に閉ざしてしまう前に、以下の3つの方向性を検討してみることをおすすめします。
1. 今の会社で「やりがい」を再発見する
同じ会社にいながらも新しい刺激や成長を感じるためには、視点や環境を変えることが有効です。
視点を変える
仕事内容や業務内容を変えなくても、日々の仕事の中に新たな意味や目的を見出すことで、やりがいを再発見することができます。
- 仕事の目的や意義を再確認し、自分の業務が会社や社会にどのように貢献しているかを意識する
- 日々の業務の中で小さな目標を設定し、達成感を積み重ねる
- 同僚や後輩のサポート、チーム全体の成果向上など、自分の役割を広げてみる
- 新しい知識やスキルを自主的に学び、今の仕事に活かす工夫をする
- 業務の進め方やプロセスを見直し、より効率的・効果的な方法を模索する。
こうしたアプローチによって、今の仕事の中にも新鮮さや成長を感じることができ、やりがいを再発見しやすくなります。
環境を変える
現在担当しているプロジェクトから別のプロジェクトに参加することで、これまでとは異なる業務内容や新しいメンバーと関わる機会が増えます。すると自分のスキルや知識を新たな形で発揮できる場が広がり、仕事に対するモチベーションや達成感も高まる可能性があります。
部署異動を希望すれば、まったく異なる業務領域や業界知識に触れることができ、自分のキャリアの幅を広げることができます。新しい環境でのチャレンジは、これまで気づかなかった自分の強みや興味を発見するきっかけにもなります。
同じ会社の中でも役割や環境を変えることで、仕事の意味や目的を再発見しやすくなります。自分自身の成長やキャリア開発につながるだけでなく、日々の業務に新鮮な気持ちで取り組めるようになるでしょう。
自分一人では、自分の価値観や仕事の意味、目的、やりがいを見つけるのが難しい場合は、才能プロファイリングを利用してください。
2. 自分の価値観に合う企業に転職する
自分の価値観と企業の方向性が一致しているかどうかは、働く上で非常に重要なポイントです。
近年では「ステークホルダー経営」を掲げる企業が増えています。ステークホルダーとは、従業員、顧客、株主、取引先、地域社会など、企業活動によって直接・間接的に影響を受ける幅広い利害関係者を指します。こうした企業は、単に売上や利益の最大化だけでなく、従業員や顧客、さらには社会全体の幸福や持続的な発展を重視し、さまざまな価値をバランスよく生み出すことを目指しています。
価値観の合う企業を見つける上で参考になるが、企業が掲げる理念やビジョン、パーパス(存在意義)、行動指針など。これらに共感できればあなたと価値観が合う会社と言えるでしょう。
例えば料理教室で有名なABCクッキングスタジオのビジョンは「世界中に笑顔のあふれる食卓を」です。
冷凍食品で有名なニチレイのビジョンは「私たちは地球の恵みを活かしたものづくりと、卓越した物流サービスを通じて、豊かな食生活と健康を支えつづけます。」です。
ともに「食」を扱う企業ですが、あなたはどちらに共感するでしょうか?
共感度合いが強い方が、あなたの価値観に合った会社です。
自分の価値観に合う企業に転職することで、仕事を通じてより大きなやりがいや充実感を得ることができるでしょう。
3. 副業・学び直しで“自分の軸”を育てる
「本当にやりたいこと」があるなら、副業やスキルアップを通じて少しずつ育てていくのも方法です。
無理に会社を辞めずとも、視野を広げることができます。
実践的な経験とスキルアップ
副業は、単なる収入源としてだけでなく、本業では得られない実践的な経験や新しいスキルを身につける絶好の機会です。特に本業のスキルを活かした副業では、専門性がさらに高まり、キャリアの幅が広がります。また、異なる業界や職種に挑戦することで、自分の適性や興味を再発見できることも多いです。
視野の拡大と自己理解の深化
副業や学び直しを通じて、さまざまな人と出会い、異なる価値観や考え方に触れることができます。これにより、固定観念から解放され、広い視野で物事を捉えられるようになります。自分自身の強みや大切にしたい価値観が明確になり、自分らしいキャリアの方向性=「自分の軸」を育てるきっかけとなります。
キャリアの選択肢が増える
副業や学び直しで得た知識や経験は、将来的なキャリアチェンジや独立、転職の際にも大きな武器となります。複数の分野で実績を積むことで、どんな環境でも柔軟に対応できる力が身につき、キャリアの選択肢が広がります。
モチベーションや自己肯定感の向上
自分が本当にやりたいことに少しずつ取り組むことで、日々の生活や仕事に対するモチベーションが高まり、自己肯定感も向上します。小さな成功体験の積み重ねが、自信や次の挑戦への原動力となります。
副業や学び直しは、単なる収入アップやスキル習得にとどまらず、自分の価値観や強みを再発見し、「自分の軸」を育てるための大切なプロセスです。会社を辞めずにできる小さな挑戦から始めてみることで、将来のキャリアや人生の選択肢を大きく広げることができます。
まとめ:「静かに辞める」ではなく「静かに選び直す」
「静かな退職」は、一見するとネガティブな現象に見えるかもしれません。
しかし実際には、働き方や人生を見直す“きっかけ”になるポジティブな兆候でもあります。
「静かな退職」状態に陥った時は、
- 価値観ややりがいを明確にする
- 価値観に沿った働き方を実践する
- 価値観の合う会社や同僚から選ばれる実力を養う
仕事で感じる違和感をごまかさないこと。
それが、これからのキャリアと人生を前向きに設計していく第一歩になるはずです。
あなたの心が教えてくれているサインを、無視しないでください。