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ロボットが自己重要感も持つとき

こんにちは、才能心理学協会・認定講師の澤田浩一です。

 

才能心理学協会の認定講師がお題にしている映画「さようなら」。

東京に遅れ、大阪でもようやく上映が始まったので観に行ってきました。

 

 

みなさん、「鉄腕アトム」はご存知ですか?

手塚治虫先生原作の、人を助け、人に寄り添う少年の身体を持った、あのロボットです。

 

「さようなら」に出てくるレオナも人を助け、人に寄り添うロボットです(劇中ではアンドロイドと言っていますが、アンドロイドとは人型ロボットのことです。)

 

ただしアトムの世界が希望に満ち溢れ、未来があるのと異なり、レオナのいる世界は放射能に侵され、人々が死を待つ世界。

 

避難することもできずに残された人々は働くことなく、死を待つしかありません。

 

実は、私はこういう映画が好きではありません。 1959年の「渚にて」(スタンリー・クレイマー監督 グレゴリー・ペック主演)も放射能に侵された世界の終末を描いた作品で、観るのは嫌でした。

 

なぜなら淡々と死を待ち、働くことができないのが嫌だから。誰の役にも立つこともできず、何の役にも立たずに日々過ごすなんて、なんて嫌な世界だろうと思うからです。

 

私の場合、きっと誰かの役に立つこと、そして働くことが自分にとって価値があることだと思います。働くことを止めると自分の能力が活かせない、才能が活かせない、だから自分の価値がなくなると思ってしまうんですね。

自分自身のことを価値ある存在であると思うことを自己重要感と言いますが、私の場合、働かないと自己重要感が満たされない。

この映画を観て改めて自分のことがわかった次第です。

 

 

ところで、アトムとレオナの違いがもうひとつあります。 それはアトムが人の心を読み取り、それに応えることができるのに対し、レオナはそれができないこと。

 

レオナは主人公ターニャが治らない病気を持っているために、お父さんがターニャの子供のころに買い与えた旧式アンドロイドです。

 

歩行機能が壊れているために電動車イスがなければ移動ができません。ターニャとの会話もプログラムされたことしか言うことができません。

恋人に去られ、友人にも先に死なれて孤独に苛まれるターニャに、レオナができることはターニャに寄り添うこと。歩くことができなくなったターニャにレオナは寄り添い続け、そしてそれはターニャの死後も続きます。

 

働くことができなくても一緒にいること、寄り添うこと、それがレオナにとっての価値なんだろうと思います。

 

映画の最後にレオナにある変化が生まれますが、きっとそれはレオナが自分の価値を認識したのではないか、自己重要感をもったためではないか? ふとそう思いました。

自分に価値を見出すということは人の心に応えられるようになること。レオナは人の心を読み、そしてそれに応えられるようになったのだと思います。

 

さて、レオナにどのような変化かが起こったかは映画を観てのお楽しみ・・・・

 

執筆者:
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澤田浩一

澤田浩一

認定講師一般社団法人 才能心理学協会
精神科ソーシャルワーカーを経て、経理・総務・人事等の業務に従事後、2001年より計測器メーカー㈱サワダ製作所を経営、中小企業経営者のパートナーとして才能心理学、TOC、NLPを使った組織作り支援を展開。 才能心理学「無料動画セミナー」の登録はこちら