グリット(やり抜く力)とは、心理学者アンジェラ・ダックワース氏が提唱した「情熱の一貫性」と「努力の継続性」からなる心理特性です。才能心理学の視点では、グリットは才能開花への入り口と位置づけられます。
本記事では、グリットを単なる精神論ではなく、社員が自発的に動く組織を作るための「人材育成の仕組み」として活用する具体的な運用方法を解説します。さらに、才能開発の専門視点から、グリットを足がかりに社員の隠れた才能を開花させるアプローチまで紐解きます。
グリットとは何か——「やり抜く力」を正確に理解する
「なぜあの社員は、成果が出るまで粘れないのか」——人材育成の現場でよく聞かれる悩みです。「諦めずに努力すること」——そう聞くと精神論に近い響きがありますが、ペンシルベニア大学の心理学者アンジェラ・ダックワース(Angela Duckworth)が2007年に発表した研究が示したのは、もっと緻密な概念でした。
ダックワースはグリットを次のように定義しています。
非常に長期的な目標に向けて、努力と関心を維持し続ける傾向
Duckworth et al., 2007, Journal of Personality and Social Psychology
グリットは2つの要素で構成されます。
| 要素 | 内容 | 具体例 |
|---|---|---|
| Perseverance of Effort(努力の継続性) | 困難や失敗に直面しても諦めず努力を続ける | 新規事業が初年度赤字でも改善を続ける |
| Consistency of Interest(情熱の一貫性) | 長期にわたって同じ目標・分野への関心を保つ | 5年間同じ専門領域を磨き続ける |
「ひたすら我慢して働く」だけではグリットにはなりません。情熱(なぜこの目標なのかという軸)と継続力の両方が揃って初めてグリットと言えます。
グリットは感覚論ではなく、グリット・スケール(Grit Scale)という尺度で測定できます。短縮版のGrit-S(8問)は採用・人材育成の現場でよく使われます。スコアは1〜5点で表され、米国成人の平均は約3.8です(Duckworth & Quinn, 2009)。ダックワース自身も「スコアが低くても変えられる。固定した能力ではない」と述べており、育成の出発点として使うのが適切です。
なお、その後の研究では、グリットの効果はダックワースの初期研究が示したほど大きくはない、という指摘もあります。メタ分析では、グリットが業績を予測する力は、誠実性など既知の性格特性を考慮すると中程度〜小さい、という結果が出ています(Credé, Tynan, & Harms, 2017)。この指摘に対し、ダックワース自身も「測定に用いた質問には問題があった」と認めており(NPR, 2016)、理論を絶対視せず研究の進展として受け止める姿勢を示しています。
なぜ才能よりグリットが注目されたのか
ウェストポイント陸軍士官学校の研究
ダックワースが世界的に注目された契機のひとつが、米国陸軍士官学校(ウェストポイント)の入学者を対象にした縦断研究です。ウェストポイントの選抜試験は学業・体力・リーダーシップを総合評価した「全体強度指数(Whole Candidate Score)」で合否が決まりますが、ダックワースが調べたのは入学後の脱落率でした。
結果は次の通りです(Duckworth & Quinn, 2009)。
- グリットが1標準偏差高い候補生は、在籍を継続する確率が62%高い
- SATの得点・高校の成績順位・体力測定の点数よりも、グリットのほうが完遂率を強く予測した
ダックワースは著書『GRIT』(2016年)で、次の式を示しています。
才能 × 努力 = スキル スキル × 努力 = 達成
努力は方程式に2回登場します。才能は出発点に過ぎず、努力を継続する力(グリットの中核をなす要素)が最終的な達成量を掛け算で増幅させるという考え方です。
なぜこの理論はここまで広く支持されたのか
当時のアメリカの教育現場では、知能テストや成績によって早期に「才能の有無」を選別する仕組みが広く定着していました。その結果、一度「才能がない」と判定された子どもや大人が、挑戦そのものを諦めてしまうという問題意識が教育関係者の間で強まっていました。ダックワースの「生まれつきの才能ではなく、努力で成功をつかめる」というメッセージは、こうした状況に対する具体的な答えとして受け止められ、才能そのものよりも強く注目を集めました。
これは、良い論文や商品・サービスが広まる仕組みと同じです。中身がどれだけ優れていても、それが「誰に、何を届けるか」という受け取る側のニーズと噛み合っていなければ広まりません。グリットが注目されたのは理論の精度だけでなく、当時のアメリカ社会が求めていたものと噛み合っていたからだと言えます。
この関係はグリット自体にも当てはまります。グリットをどれだけ育てても、その発揮の仕方が顧客や組織に貢献していなければ、成果にはつながりません。グリットを見つけること、高めることと、それを必要としている場所・タイミングで活かすことが重要です。
情熱なき継続の落とし穴
グリットをビジネスに活かす上で見落とされがちな知見があります。ハーバード・ビジネス・スクールのヤコビモビッツらが127件の研究(参加者計45,485人)を対象にメタ分析を行った結果、情熱を伴わない努力の継続だけでは業績を予測できないことが分かりました(Jachimowicz et al., 2018, PNAS)。情熱と継続力の両方が揃って初めて、業績との相関が見られます。
「根性で続けろ」という一方的な指示は、社員の情熱を確認しないまま継続だけを強いることになりかねません。私はこの状態を、次のように表現しています。
前者は分かりやすい不調ですが、後者は本人も周囲も「真面目に頑張っている」ように見えるため、かえって気づかれにくい難しさがあります。
ビジネスでグリットをどう活かすか
ここからは、あなたの組織でグリットをどう活かせるか、4つのアプローチで見ていきます。
アプローチ1:採用でグリットを補助的に使う
面接では、スコアそのものより「どんな長期目標に何年間向き合ってきたか」を尋ねる方が実践的です。複数年にわたる継続的な取り組み、失敗後に同じ方向で再挑戦した経験、そして内発的な動機を語れることの3点が、グリットの高さを示すエピソードに共通する特徴です。グリット・スコアのみで採用可否を決めることは、ダックワース自身も推奨していません。
アプローチ2:情熱の源泉を見つけてから、育成の仕掛けをつくる
小さな成功体験の積み重ね、失敗を責めずに分析できる心理的安全性のある環境。いずれもグリットが育つ土台として有効です。ただ、これらの仕掛けが機能するのは、「本人が何に情熱を持っているか」がある程度分かっている場合です。情熱の源泉そのものがまだ言語化できていない社員には、育成の仕掛けの前に、才能プロファイリングのような発見の工程を挟む必要があります。
アプローチ3:グリット診断を使った運用フロー(時間をかけられない場合)
アプローチ2に十分な時間をかけられない場合は、次のような簡易フローも実務的です。
- 短縮版のGrit-S(8問)で、社員のグリットスコアを診断する
スコアが高い社員の場合
- 仕事を任せる。ゴールは共有し、やり方は本人に委ねる(米国成人の平均約3.8を参考数値に。運用しながら自社の基準スコアを割り出す)
- 任せた仕事を完遂できたかどうかを確認する
- 完遂できた場合:引き続き裁量を持たせて仕事を任せる
- 完遂できなかった場合:1on1を行い、つまずいた点を特定してサポートする
スコアが低い社員の場合
- 1on1や才能プロファイリングを通じて情熱の源泉を言語化し、業務につなげるサポートを行う
共通
- その後も定期的に1on1を行い、情熱と業務のつながり・業務遂行の状況を確認しながら、必要なサポートを続ける
ここでのスコアは、ダックワース自身が述べる通り固定的な評価ではなく、支援の出発点を決めるための目安です。スコアが低いことが、能力の劣り方を示すわけではありません。
アプローチ4:運用上の注意点
グリットを人事施策に取り入れる際は、「継続できないのは本人の頑張りが足りないからだ」という運用にならないよう注意が必要です。情熱の源泉を見つける支援がないまま「やり抜け」とだけ求める運用は、社員の負担を増やすだけになりかねません。あなたの組織のグリットの使い方が、社員に一方的な努力を求めるだけになっていないか、定期的に振り返る仕組みを持つことをおすすめします。
グリットは才能開花への入り口:才能心理学との関係
私は経営者やビジネスパーソンの才能開発を仕事にしています。才能開花のメカニズムを研究し、才能心理学として体系化しました。
その経験から言うと、実は、グリットは才能開花への入り口になります。グリットの定義(情熱の一貫性+努力の継続性)を才能心理学の定義と並べると、その理由——重なりの大きさが分かります。
才能心理学における才能の定義:
両者の対応関係を整理すると、次のようになります。
| グリット | 才能心理学 |
| Consistency of Interest(情熱の一貫性) | 心を突き動かす感情 |
| Perseverance of Effort(努力の継続性) | (感情を)行動に移し続けた |
| グリットが生み出す長期的な達成 | 結果として生み出される能力=才能 |
才能心理学の観点から言えば、グリットとは才能そのものです。「才能とは生まれつき決まっている。固定化されたもの」という古い固定観念が、アメリカでも支配的なのでしょう。
また、ダックワースはTEDトークで「グリットの育て方は?」と聞かれ、次のように答えています。
“The honest answer is, I don’t [know].”(正直に言うと、分かりません)
Angela Duckworth(TEDトーク)
グリットの研究は「継続する力がなぜ重要か」を明らかにしましたが、「何に対して情熱を注ぐべきか、それをどう見つけるか」という、もう一歩手前の問いには答えていません。才能心理学は、才能プロファイリング®という技術で、まさにこの「何に情熱が向くか」を特定するところから始まります。
才能プロファイリングは、3つの質問を通じて、本人が意識していない感情(=情熱)の源泉を言語化していく手法です。言語化された情熱の源泉は「コア・コンセプト」(人生で最も大切にしたい価値観)と呼ばれ、これを言葉にすることで、本人にも周囲にも「なぜこの仕事をするのか」が初めて伝わるようになります。
多くの人材育成の現場では、「なぜこの仕事を続けているのか」「5年後どうなりたいか」と1on1で問いかければ、本人が情熱の源泉を語れると考えられています。しかし実際には、多くの人が自分の情熱の源泉を自覚できていません。聞かれて初めて考える人がほとんどで、良い質問をするだけでは十分に引き出せないことも多くあります。才能プロファイリングのような、感情の動きを構造的に特定する手順が必要になるのはこのためです。
そして、見つけた後にも、もう1つ必要なプロセスがあります。情熱の源泉が分かっても、それを目の前の業務とどうつなげるかが分からなければ、行動は続きません。上司や支援者が、情熱の源泉を発見するだけでなく、日々の仕事のどの部分がその情熱につながっているかを一緒に言語化し、両者を接続するところまで支援して初めて、社員は誰かに言われなくても自発的に動き始めます。
私は、グリットと才能の関係を踏まえた上で、次のように伝えています。
ダックワース自身の人生に見る才能開花のプロセス
さらに、ダックワースがグリットという理論にたどり着くまでの過程は、才能開花のメカニズム(出来事→感情→欲求→思考→行動→結果というサイクルの積み重ね)と完全に一致します。
実際の経緯は、著書『GRIT』の序文に詳しく記されています。彼女は幼少期から父に繰り返し「お前は天才じゃない」と言われて育ちました。父は自分や子どもたちの知性の優劣に強くこだわるタイプで、彼女だけでなく弟や妹の知性も絶えず品定めしていたと序文に記されています。
のちに心理学者となった彼女は、「成功を決めるのは才能ではなく、情熱と粘り強さだ」という考えにたどり着き、マッカーサーフェローシップ(通称:天才賞)を受賞しました。受賞の知らせを受けたとき、真っ先に頭に浮かんだのは幼い頃のこの言葉で、彼女は当時の父にこう伝えたかったと振り返っています。
“In the long run, Dad, grit may matter more than talent.”(お父さん、長い目で見れば、才能よりもグリットの方が大事なのよ)
Angela Duckworth
「お前は天才じゃない」と言われた出来事が、彼女の原動力(欲求)となり、天才賞を受賞するほど、研究に打ち込み、学者・教育者としての才能が開花した。
これは才能開花の典型的なパターンの1つです。
まとめ
グリットとは「情熱の一貫性」と「努力の継続性」の組み合わせであり、才能心理学の定義とも重なる、才能開花への入り口となる心理特性です。ウェストポイントの研究や、情熱なき継続が業績を予測しないというメタ分析の知見は、いずれもビジネス現場で活かせる示唆に富んでいます。
一方で、グリット理論そのものは「何に情熱を注ぐべきか」までは扱いません。この一歩手前の発見から、見つけた情熱の源泉を日々の業務に接続する支援まで行って初めて、社員は自発的に動き始めます。
一歩手前の情熱の源泉の見つけ方は、才能心理学協会の無料動画セミナーで紹介しています。ご活用ください。
よくある質問(FAQ)
- グリット(やり抜く力)とは何ですか?
-
心理学者アンジェラ・ダックワースが提唱した、長期目標に向けて「情熱の一貫性」と「努力の継続性」を維持する心理特性です(Duckworth et al., 2007)。単なる根性論とは異なり、情熱がなければ機能しません。
- グリットと才能心理学の「才能」は同じものですか?
-
重なる部分が大きい概念です。才能心理学では才能を「心を突き動かす感情を行動に移し続けた結果、生み出される能力」と定義しており、グリットの2要素(情熱・継続力)とほぼ対応します。違いは、才能心理学が「何に情熱が向くか」を特定する才能プロファイリングという手法を持っている点です。
- グリット・スケールのスコアはどう解釈すればよいですか?
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Grit-S(8問・5段階評価)のスコアは1〜5の範囲で、米国成人の平均は約3.8です(Duckworth & Quinn, 2009)。スコアが低くても育成で変えられるため、採用の足切り基準にするのではなく、成長の出発点として使うのが適切です。
- グリットは生まれつきの才能ですか?
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ダックワースは「グリットは固定した能力ではない」と明言しています。成功体験の積み重ねや、情熱の源泉を言語化する機会、心理的安全性のある環境によって、後天的に育てられます。
- グリットが高い社員は燃え尽きやすいですか?
-
情熱を伴うグリットは、燃え尽きにくい傾向が研究で示されています(Frontiers in Psychology, 2020)。ただしこれは情熱が本人の内側から出ている場合に限られ、外部から強制された継続は燃え尽きのリスクになります。
- 採用でグリットをどう見極めればよいですか?
-
スコアより「複数年にわたって同じ目標に取り組んだ経験」「失敗後に同じ方向で再挑戦したエピソード」「内発的動機を語れるか」を面接で確認するのが実践的です。
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出典・参考文献
- Duckworth, A. L., Peterson, C., Matthews, M. D., & Kelly, D. R. (2007). Grit: Perseverance and passion for long-term goals. Journal of Personality and Social Psychology, 92(6), 1087–1101.
- Duckworth, A. L., & Quinn, P. D. (2009). Development and validation of the Short Grit Scale (Grit-S). Journal of Personality Assessment, 91(2), 166–174.
- Duckworth, A. (2016). GRIT: The Power of Passion and Perseverance. Scribner.(序文:https://angeladuckworth.com/grit-book-excerpt/)
- Jachimowicz, J. M., Wihler, A., Bailey, E. R., & Galinsky, A. D. (2018). Why grit requires perseverance and passion to positively predict performance. PNAS, 115(40), 9980–9985.
- Credé, M., Tynan, M. C., & Harms, P. D. (2017). Much ado about grit: A meta-analytic synthesis of the grit literature. Journal of Personality and Social Psychology, 113(3), 492–511.
- Frontiers in Psychology (2020). Beyond Passion and Perseverance: Review and Future Research Initiatives on the Science of Grit.
- NPR (2016). Angela Duckworth Responds To A New Critique Of Grit.
- Angela Duckworth 公式サイト TEDトーク関連解説(Digital Promise, 2019)2026年7月時点
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