マズローの欲求5段階説とは、人間の欲求を5つの階層に分け、下位の欲求が満たされることで上位の欲求が現れるとした理論です。アメリカの心理学者アブラハム・マズローが1943年の論文「人間の動機づけに関する理論(A Theory of Human Motivation)」で提唱しました。晩年には、自己実現のさらに先にある動機として「自己超越の欲求」を論じています(1969年)。
この記事では、6つの段階それぞれの中身と、広く誤って伝わっている3つの点、そして人によって強く出る段階が違うという見方を解説します。
マズローの欲求5段階説とは
マズローの欲求5段階説は、人間の欲求を「生理的欲求」「安全の欲求」「社会的欲求」「承認欲求」「自己実現の欲求」の5つに分け、下から順に現れるとした理論です。「欲求階層説」「欲求段階説」「マズローの法則」とも呼ばれます。
晩年のマズローは、自己実現のさらに先にある動機として「自己超越の欲求」を論じました(1969年)。6段階として紹介されるのはこのためですが、マズロー自身が6段の階層図を示したわけではありません。6段目として整理したのは後年の研究者です。
6つの段階の一覧
| 段階 | 欲求 | 何を求めるか | 職場での現れ方 |
|---|---|---|---|
| 1 | 生理的欲求 | 食事・睡眠など生命の維持 | 休めている/眠れている |
| 2 | 安全の欲求 | 身の安全・経済的な安定 | 雇用や収入の見通しがある |
| 3 | 社会的欲求 | 所属すること・受け入れられること | 職場に居場所がある |
| 4 | 承認欲求 | 認められること・自分を誇れること | 仕事を評価されている |
| 5 | 自己実現の欲求 | 自分にしかできないことの実現 | 自分らしい仕事ができている |
| 6 | 自己超越の欲求 | 自分を超えて他者や社会に役立つこと | 損得を離れて人の役に立っている |
まず全体像をつかみたい方は、この表だけ押さえておけば十分です。
提唱したのはアブラハム・マズロー
アブラハム・マズロー(1908〜1970)はアメリカの心理学者です。当時の心理学が「病んだ人がどう治るか」を中心に扱っていたのに対し、マズローは「健康な人がどう伸びるか」を研究しました。この立場は人間性心理学と呼ばれます。
欲求5段階説が経営やマーケティングの世界で長く使われてきたのは、この「人が伸びる側から見る」という出発点が、人を動かす仕事と相性が良かったからです。
欠乏欲求と成長欲求という分け方
マズローは6つの段階を、大きく2つに分けて考えました。この区分が示されたのは5段階説を発表した1943年の論文ではなく、1955年の講演で、1962年の著書『完全なる人間』で確立したものです。
- 欠乏欲求(1〜4段階)……足りないものを埋めようとする欲求。満たされると、いったん収まります
- 成長欲求(5〜6段階)……もっと伸びたいという欲求。満たされても収まらず、むしろ強くなります
私の専門である才能開花という観点から言えば、人は大きく、欠乏欲求を原動力に才能を開花させるタイプと、成長欲求を原動力に開花させるタイプ(好きなことを追求するタイプ)に分かれます。なかには、原動力が欠乏欲求から始まり、途中で成長欲求に切り替わるタイプもいます。
この違いは、人を動かす立場に立つときに効いてきます。欠乏欲求は「不足を埋める」ことで応えられますが、成長欲求には終わりがありません。部下が何をしても満足しないように見えるとき、それは不満ではなく成長欲求が出ている合図かもしれません。
あなたの職場のメンバーは、いま埋めたいのか、伸びたいのか。どちらの側にいるかで、かける言葉は変わってきます。
同じ職場でも、やる気のスイッチは人によって違います。
マズローの段階は、欲求が現れる順序を説明してくれます。ただ、目の前の相手がどの段階で強く反応するかまでは分かりません。認められると伸びる人もいれば、任されたほうが動く人もいます。これは性格の差ではなく、個性や才能、モチベーションの違いです。
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6つの欲求段階

ここからは、6つの段階を1つずつ見ていきます。
生理的欲求
生理的欲求は、食事・水分・睡眠・排泄・呼吸など、生命を維持するために欠かせない欲求です。人間だけでなく、すべての生き物が持っています。
「お腹がすいたから食べたい」「疲れたから眠りたい」といった、説明のいらない欲求がこれにあたります。
職場では見落とされがちですが、慢性的に眠れていない人、休憩が取れていない人は、この段階でつまずいています。何を言っても届かないと感じるとき、まずここを疑う価値があります。
安全の欲求
安全の欲求は、身の安全と、生活の安定を求める欲求です。身体的な健康だけでなく、経済的な安定や、予測できる暮らしも含まれます。
「収入の見通しが立つ生活をしたい」「危険のない場所で暮らしたい」といった欲求です。マズローは、生理的欲求がある程度満たされると、この安全の欲求が前に出てくるとしました。
職場では、雇用や事業の先行きへの不安がここに関わります。不安を抱えたままの人に挑戦を求めても、動けません。
社会的欲求(所属と愛の欲求)
社会的欲求は、どこかに所属したい、受け入れられたいという欲求です。「所属と愛の欲求」とも呼ばれます。
生理的欲求や安全の欲求が満たされていても、この欲求が満たされないと、人は孤独を感じます。周りに人がいても、自分だけが輪の外にいるような感覚です。
職場では、チーム内に居場所があるかどうかがここにあたります。「主体的に動かない」「指示を待っている」と見える人は、意欲が低いのではなく、まだこの段階にいることがあります。
承認欲求
承認欲求は、認められたい、評価されたいという欲求です。集団に所属できただけでは足りず、そこで自分の存在を認めてほしいと感じます。
マズローは、この承認欲求を2つに分けました。
- 他者からの承認……評価されたい、注目されたい。SNSで反応が欲しくなるのもこれにあたります
- 自分からの承認……他人の評価に左右されず、自分を誇れる状態になりたい
承認欲求が本当に満たされるには、この両方が要ります。他人からいくら褒められても、自分で自分を認められないと渇きは続きます。
承認欲求について詳しく知りたい方はこちら → 承認欲求とは(近日公開予定)
自己実現の欲求
自己実現の欲求は、自分にしかできないことを実現したいという欲求です。ここから先が成長欲求にあたります。
ここまでの4つが満たされても、自分が「こうありたい」と思う姿と現実が離れていると、満たされない感覚が残ります。マズローは長いあいだ、この自己実現を欲求の最上位に置いていました。

自己超越の欲求
自己超越の欲求は、自分の損得を離れて、他者や社会の役に立ちたいという欲求です。晩年のマズローが、自己実現のさらに先にある動機として論じました(1969年)。
身近な例では、見返りを求めないボランティアや、次の世代に何かを残そうとする行動がこれにあたります。自己実現が「自分にしかできないことをする」であるのに対し、自己超越は「自分のためではないことをする」という違いがあります。
自己超越の欲求について詳しく知りたい方はこちら → 自己超越の欲求とは(近日公開予定)
6つの段階のうち、あなた自身が強く動かされてきたのはどれでしょうか。その話に入る前に、ひとつ整理しておきたいことがあります。この理論は広く知られている分、誤って伝わっている点があるためです。
よくある3つの誤解
マズローの欲求5段階説は、紹介されるうちに元の主張から離れてしまった部分があります。ここでは代表的な3つを、マズロー自身の記述に基づいて整理します。
誤解1 ピラミッドの図はマズローが描いたものではない
三角形を5段に区切った図は、マズローの著書には出てきません。経営学の分野で描かれた図が広まり、定着したものです。最初期のものとされるのは、コンサルティング心理学者チャールズ・マクダーミッドが1960年に雑誌『Business Horizons』へ寄せた図です(Bridgman ほか, 2019)。同研究はマズローの全著作・論文・個人日記を調査し、ピラミッドは存在しないと結論しています。
この図は理解を助けた一方で、「下から順に一段ずつ登るもの」「一度に1つの欲求しか働かない」という印象も一緒に広めました。マズローが書いたのは階層であって、階段ではありません。
誤解2 下の段階が100%満たされてから上に進む、わけではない
マズローは1943年の論文「人間の動機づけに関する理論」で、この点をはっきり否定しています。
これまで、この階層が固定した順序であるかのように述べてきましたが、実際には、示唆したほど厳密なものではありません。
同じ論文でマズローは、より現実的な説明として、平均的な人の充足度を「生理的欲求85%、安全の欲求70%、愛の欲求50%、承認欲求40%、自己実現の欲求10%」程度と例示しています(A. H. Maslow, “A Theory of Human Motivation”, Psychological Review, 1943)。
つまり、どの段階も部分的に満たされた状態で同時に働いているというのが、マズロー自身の説明です。「まず下から完璧に満たす」という運用は、理論に基づいていません。
誤解3 「2%」は自己超越ではなく自己実現の割合
「自己超越に達するのは全人類の2%」という紹介を見かけますが、これは誤解です。1〜2%という数字が語られてきたのは、ひとつ下の自己実現に達する人の割合についてです。自己超越はそのさらに一部になります。
あわせて注意したいのは、この数字の出どころが曖昧なことです。1943年の論文にも主著『人間性の心理学』にも、マズロー自身が「自己実現に達するのは人口の何%」と述べた箇所は見当たりません。出典によって「1%未満」とも「2%程度」とも書かれ、値が定まらないのはこのためです。マズローが自己実現を稀なものと考えていたことは確かですが、比率として示した一次資料は乏しいのが実際です。
そして、多くの人が上の段階に至らない理由も、しばしば取り違えられます。「自己実現で満足してしまうから」ではありません。マズローは、下位の欲求が満たされれば自然に次の欲求が生じ、逆に下位が満たされなければ上位の欲求は減退するとしています。生理的欲求や安全の欲求、承認欲求を満たすことに日々が費やされ、その先まで欲求が育つ余裕を持てない、というのが理論に沿った説明です。
この違いは、人を動かす立場では実務に直結します。「うちの社員は自己実現で満足している」と見るのと、「その手前の欲求がまだ満たされていない」と見るのとでは、あなたが打つ手はまったく変わってきます。
人によって強く出る段階は違う
ここからは、才能心理学の立場からの見方をお伝えします。
マズローの理論は「人間一般がどういう順序で欲求を持つか」を説明したものです。一方、目の前の一人ひとりを見ると、どの段階が強く出るかには個人差があります。昇進を打診しても動かなかった人が、同期と組ませた途端に力を出す。そういうことが起きるのはこのためです。
一番強い欲求は、一番人に与えたい領域でもある
人は、自分が欲しいものを相手も欲しがっていると考えるものです。褒められて嬉しかった人は、「あの人も褒めれば喜ぶだろう」と感じます。
なぜそうなるのか。自分が強く求めてきた欲求は、満たされない苦しさも、満たされたときの変化も、自分の内側から知っているからです。知っているからこそ、他人のなかにある同じ欠乏に気づけます。
ここから言えるのは、その人のなかで一番強い欲求は、その人が一番他者に与えたい領域でもある、ということです。私が現場で経営者や社員の方々を見てきたなかで、繰り返し確認してきた見立てです。
たとえば社会的欲求が強い部下は、部署で一人になっている社員や、輪に入れていない後輩がいると気になります。そういう人にチーム内で声をかける役割を渡すと、生き生きと動き出します。本人が求めているものと、本人が与えられるものが、同じ場所にあるからです。
だから、同じ施策が全員に効くことはない
段階ごとに手を打つという考え方は有効ですが、全員に同じ順序で同じ手を打つのは、この個人差を無視することになります。
評価制度を整えれば承認欲求の強い人は動きますが、裁量を求めている人には響きません。逆に任せれば伸びる人に細かい評価を重ねると、かえって窮屈にさせます。
あなたのチームで施策が効く人と効かない人が分かれるとき、施策の良し悪しではなく、相手の強い段階が違っているだけかもしれません。
マネジメントに活かすには

マズローの欲求5段階説をマネジメントで使うときの流れは、次の3つです。
- いまどの段階でつまずいているかを見る……生理的欲求や安全の欲求が欠けたまま、主体性を求めても動きません
- その人の強い段階を見る……同じ段階でも、人によって効く手は違います
- 手前の欲求から埋める……最低でも承認欲求までを満たすことが、動機づけの土台になります
内発的動機づけと外発的動機づけの使い分けは、次の記事で詳しく扱っています。

段階ごとの具体的なチェックポイントを知りたい方はこちら → マズローの欲求5段階説をマネジメントに活かす(近日公開予定)
あなたの職場で動きの鈍い人がいるとき、意欲の問題として片づける前に、どの段階が欠けているかを見てみてください。
まとめ
マズローの欲求5段階説は、人間の欲求を階層としてとらえ、下位が満たされることで上位が現れるとした理論です。晩年には6段階目として自己超越の欲求が加えられました。
ただし、ピラミッドの図が広めた「下から順に一段ずつ登る」という印象は、マズロー自身の説明とは違います。どの段階も部分的に満たされながら同時に働いている、というのが元の主張でした。
そのうえで、目の前の人を見るときは、どの段階の欲求が強いかを見極めましょう。それがその人の一番満たしたい欲求であり、同時に、その人が一番他者に与えられる領域でもあるからです。欲求段階説を覚えることより、相手の欲求を見極められることのほうが、あなたの仕事でもプライベートでも役に立ちます。
よくある質問
- マズローの欲求5段階説と6段階説は何が違いますか?
-
5段階説に「自己超越の欲求」を加えたものが6段階説です。自己超越は晩年のマズローが提唱したもので、自分の損得を離れて他者や社会に役立とうとする欲求を指します。
- 欲求階層説、欲求段階説、マズローの法則は同じものですか?
-
すべて同じ理論を指す呼び方です。文献によって表記が分かれているだけで、中身に違いはありません。
- 下の段階が満たされていないと、上の欲求は生まれないのですか?
-
いいえ。マズロー自身が1943年の論文で、階層は示唆したほど厳密ではないと述べています。同じ論文で、平均的な人は生理的欲求85%、安全の欲求70%、愛の欲求50%、承認欲求40%、自己実現の欲求10%程度の充足だと例示しており(本人が「例示のための恣意的な数字」と断っています)、複数の欲求が同時に働くと考えられています。
- 自己実現に達する人は2%というのは本当ですか?
-
1〜2%という数字は自己実現について語られてきたもので、自己超越の割合ではありません。ただし、マズロー自身がこの比率を述べた一次資料は見当たらず、出典により「1%未満」とも「2%程度」とも書かれています。少数であるという趣旨として受け取るのが妥当です。
- マズローの欲求5段階説は科学的に証明されていますか?
-
実証性に欠けるという批判があります。安全の欲求が満たされていなくても成果を出す人はいますし、現在の心理学は実証データを重視する流れにあります。全員に当てはまる法則としてではなく、目の前の一人を理解する手がかりとして使うのが、無理のない使い方です。
- マネジメントで最初に確認すべき段階はどこですか?
-
生理的欲求と安全の欲求です。休息が取れているか、雇用や収入の見通しに不安がないかを確認します。ここが欠けたまま主体性や挑戦を求めても、人は動けません。
相手の強い段階を見抜く前に、まずあなた自身がどの欲求に強く動かされてきたかを知っておくと、見立ての精度が上がります。自分の型が分かってはじめて、人との違いのほうが見えてくるからです。
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